D穿孔性(センコウセイ)害虫


樹幹を食害して、材に穴をあけてしまう虫を
穿孔性(センコウセイ)害虫』と言います。

食害してできた穴は孔道と呼ばれ、
種類により作る孔道のパターンが決まってます。

これら木に穴をあける虫は、
一般的には『キクイムシ』や『テッポウムシ』と総称されることが多いようです。
キクイムシ』という虫の仲間はいますが、
一般的にこれらの名前で呼ばれる場合は、
穿孔性害虫』の総称である場合が多いようです。


樹木につく病原菌も害虫も、その種類によってとりつける樹種は限定されるのが普通です。
樹木にはそれぞれの種独自の色々な防御システムがあり、
一般的には、病原菌や虫は、特定の樹種の防御システムを突破出来るように進化しているようです。
これは人間などの動物でも同じ事ですので理解しやすいかもしれません。
犬の罹る病気は人間には罹らないのが普通ですよね。


穿孔性害虫』の代表格といえば『カミキリムシ』ですが、
彼らにも多くの種類がいます。

例えば『スギカミキリ』。
その名のとおり、スギにつくカミキリムシですが、
幹に産卵され、孵化すると、『材の生きている部分』を食べて成長します。
本人は『材の生きている部分』を食べるつもりなのですが、
そのついでに『樹皮になる部分』も一緒に食べてしまいますので、
食害されて数年経つと、その『』が切れ目として樹皮の表面に顕れてきます。
この虫は水平方向に食害する性質がありますので、
その切れ目も水平方向に顕れます。
この切れ目は『ハチカミ』(右の写真参照)と呼ばれています。
ちなみに『ハチカミ』の名の由来は、
昔はこの跡は『キバチが噛んだ跡だ』と思われていたためとのこと。

スギカミキリによる食害は、幹を一周ぐるりと食べられてしまうと、
ちょうど『巻き枯らし(マキガラシ)』と同じ状態となり、
そのスギは枯れてしまいますが、
一匹のスギカミキリでこのような事態になることはほとんど無く、
それがかえって、『スギには害虫が出ない』という間違った認識を林家に与えている状況です。

この虫の被害は、スギの『枯死』では無く、
木材として利用しようとした時に、材の美観が損なわれる、
つまり『経済的損失』として表れるのです。
ということは、数十年後にその被害がわかるということです。

全国の杉林のほとんどでこの虫の被害が出ており、
その被害は凄まじいのですが、
どうもまだその被害が認識されているとは到底思えません。
戦後の『一斉皆伐、一斉造林』で、広葉樹を切って、
大半はスギが植林されています。
つまり日本の森はスギだらけなのですが、
その森がこの虫にほとんどやられています。
本当に恐ろしいことです。

樹木医学的には、この虫がその樹木を枯らすことは少ないので
あまり問題にはされていないように感じます。
樹木医が看るものは、
スギ林のように最初から木材用に育てられているものではないことが多く、
その看ている木が弱らないならあまり問題にはならないためです。

しかし、私が以前診断したものの中で、
ある鎌倉のお寺のスギ林で、この虫が大量発生していて、
そのため、樹勢が著しく悪くなった例があります。

この場合の処置としては、
土壌改良などの樹勢回復の手当てと、適期の薬剤散布の他、
商品名『カミキリホイホイ』というものを幹に巻きつけ、
虫を捕殺しました。


その他にもたくさんの『穿孔性害虫』がいます。
彼らは木を切らないと姿が見えないので、
どの虫に被害を受けているのかはなかなかわかりにくい。
一般的に言うと、根元に木屑や糞が落ちているとか、
ハチカミが出ているとか、
幹に虫の開けた穴が開いているとかで、
穿孔性害虫』の被害を受けていることがわかります。


マツなどで見られる『松ヤニ』は、
こういった『穿孔性害虫』を殺すための防御システム。
虫が穴をあけると、ヤニを出してその穴を満たす。
そのヤニで押し包まれた虫は死んでしまう。
ちなみのその虫を絡め捕ったヤニは、
その木が死んで長い長い年月の内に
土の中で化石になることがある。
それが『琥珀』です。

とすると、そんな穴に蚊がいるのか?
という疑問が出てきます。
ジュラシックパークの設定に問題が出てきそうです。


コウモリガなどの蛾の仲間は健康な樹木でも
関係なく食害しますが、
カミキリムシなどの甲虫類は、弱った樹木につくのが一般的です。
弱った樹木なら、ヤニを出すなどの防御力も弱いため、
幼虫が樹木に殺される確率も減るわけです。

しかし、結果的には、
ちょうどサバンナにおけるライオンが、
ヌーの群れの中の弱ったものを排除しているように、
森の中の弱った樹木を排除する役割を果たしているといえます。
このシステムが健全に機能しているときは、
森の健康も逆に保たれているといえます。

しかし、現代ではいろいろな病気や虫が海外からやってきます。
松くい虫』として有名な、
マツノマダラカミキリ』と『マツザイセンチュウ』のタッグは、
どうも明治のころに、北米から輸入された木材と共に
日本にやってきたようです。
輸出元』の北米の松は、彼らは殺すことができません。

しかし、彼らに対する防御方法を持たない日本の松たちは
現在ほとんど壊滅状態におちいっています。
それは、まずマツザイセンチュウが松ヤニを止めてしまい、
そこへ悠々とマツノマダラカミキリが食害する
という、人間でいえば後天性免疫不全、
つまりエイズと同じやり方で松を蝕み殺してしまいます。


他にも変わった穿孔性害虫がいます。
ボクトウガ』の幼虫は、他の蝶や蛾の仲間と同じイモ虫ですが、
実は肉食のイモ虫で、
食害した材からしみ出る甘い樹液に集まる虫を食べています。
開けた穴の出口付近で待ち構えて食べてしまいます。
つまり彼らが樹木に穴を開けるのは、材を食べるためではなく、
虫を集めるため』なんですね。



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